何かを得るめに、何かを捨…る。

 

…れは、全てを手に入れることが出来な……ら。

 

 では、彼を……ことで彼女…何を得たの? 

 

私達は……で…ることを捨て…、何を…たのだろう…。

 

 

 

 

                     ――????

 

 

 

 

 

 

 第六話 凍てついた時の中で

 

 

 

 

 

 

「はぁ…今回も何とか生きて帰れたな」

 ぐーっと背を伸ばしながら、アニスが言う。そんなアニスを見ながらナノナノは。

「親分、そんなこと言ってるときっと死んじゃうのだ」

「大丈夫だって、こんなこと言ってる奴は死なないから」

 能天気なことを言いながら、ナノナノの髪をかき乱すかのように撫でながら、視線を自機に向ける。

 そのまま視線をずらし、漆黒の機体にも。

「…………」

 思い出すのは戦闘中の光景。

まるで自分を省みないかのように、常に誰かを庇うクレアのこと。そして、姿を変えた『敵』のこと。

以前と出会った時より、より凶悪そうな姿となった『敵』。

そいつと戦っていた時、気がついたことがあった。

自分達の攻撃がほとんど効いていない、と。

まともにダメージを与えているのは、アプリコットとクレアくらい…。

しかし、両者の機体にあって自分達の機体に無いものなど、無い。

「…考えたって仕方ねえ、か」

 どれほど考えたところで、答えなど出るはずも無い。

 それなら、初めから考えないほうがいい。

 どうせ…やることに変わりなど無い。

 奴を倒し、仇を取る。それ以外に、今やらねばならないことも、考えねばならないことも無い。

 それでも、不安はある。

 

 ―本当に、自分達は奴を倒せるのだろうか、と…。

 

 

 

 

「どうだった?」

「全然、駄目よ」

 短いやりとり。他の者にはきっとその意味は、分からない。

「そうか…。結局、オルトロスの素性は分からず、か…」

 舌打ちと共に言ったリリィに、腕組みをしながらテキーラは言う。

「…あれだけ目立つかつ、腕の立つ傭兵なら何かしら情報があってもおかしくないのに…変ね」

 自分達が使える全ての情報網を使って、クレアの素性を調べたもののどれも結果は外れ。

 どれもがクレア・オルトロスという傭兵の存在を否定している。

 そんな人物は、この世界にいない…と。

 まるで…幽霊のようだ、と何気なく思った。

「…まさか、な」

 そんなもの、この世に存在するはずなど…無い。

 言葉にして否定しても…その不安は拭いきれずに、背筋からじわじわと蝕んでいく…。

「…念のため、ずーっと昔の記録も…それこそ数百年前の記録まで調べられる範囲、全部調べてみたんだけどね…」

「…………」

「当たり前だけど、これも全部外れだったわ。だけど…」

 背筋がざわめくような、嫌な感覚。

 これ以上、アイツに関わらないほうが身のためだ。そのほうがいい。

 第六感がうるさいほどに警告してくる。

 しかし、それと同時に思うこともある。

 

 ―モウ手遅レダカラ、逃ゲラレナインダ…。

 

 

 

 

「前から気になってたんだけど…そのブレスレット、どこで手に入れたの?」

 首を傾げながらクレアがアプリコットに尋ねる。

「これ、ですか?」

 クレアに見えるように、左手を少し上げる。左の袖から、細い銀のチェーンが僅かに見える。

 最近は、注意していないとそれを身に付けていると気がつかないこともしばしばある。

 それほどまでに、馴染んでしまったもの。

 けれど、それに比例するかのように、彼女が元の明るさを取り戻しているのは…きっといいことだろう。

「カズヤさんの部屋にあったんです。でも…私が知ってる限り、カズヤさんはこんな物、持っていなかったのに…」

「ふぅん…」

 顎に手を当てて、それを見つめるクレア。

 それは…とても懐かしいものを見ているような、そんな目。

「…クレアさんは、このブレスレットについて何か知ってるんですか?」

「ん、まあ…知ってる、のかなぁ…。というか…そーだね…」

 クレアにしては、珍しく歯切れの悪い言葉。

「…まさか、ね。そんなはず…いや、でも…」

 なにやら独り言のようだったけれど、それはアプリコットに聞こえていた。

 しかし、その独白が何なのか…、今はまだ、それを知ることは無い。

 途切れる会話。そして、沈黙が二人を包む…そうなる前に、アプリコットが口を開いた。

 黙ったままが嫌だったから、何か言わないと…。そんな風に思って、適当に、何も考えずに言った言葉。

「クレアさんの相棒って、どんな人だったんですか?」

 そして、言った直後に後悔。どんな人だった、という聞き方では、まるで…。

「勝手に人の相方殺さないでほしいなー」

 困ったような苦笑いを浮かべて、クレアが言う。

 あくまで消息不明で、まだその相棒は死んだと決まって無いのに、勝手に死んだように言って…。

 そんな苦い痛みが、胸の奥に広がる。

「そーだね…。あいつは、アレクは…最高にして最強、相棒にしてわが半身って感じだったねー」

 こんな奴だよ、そう言いながら見せてくれたのは一枚の古ぼけた写真。

 印刷してから相当に長い時間が経っているのだろう、僅かながらに色褪せ、紙の質が悪くなっている。

 写っているのは二人の男女。金髪の女性はクレアだろう。そして、その隣に立つ男性が…。

「この男の人が、アレクさん…何ですか?」

「そーだよ。そいつがアレク・オルトロス。アタシの片割れだよ」

「片割れって…もしかして、双子…?」

「ご名答」

 よく出来ました、と言わんばかりの笑みを浮かべて言う。

 女と男だから、二卵性双生児だろうけれど…この二人、とてもよく似ている。

「名前言った時点で分かるかなー、と思ったけど、ちょっと無理あったかな」

 反対から読んだら、片割れの名前になるんだけどねー、と再び苦笑い。

 確かにクレアを反対から読めばアレクになるけれど…。

「まあ、どうせ君がアレクに会うことは無いだろうしね、きっと…それに…」

 少しだけ間を空けて…もったいぶるかのように。

 

 

「会わないほうがいいよ。君と、君の仲間のためにも、ね…」

 

 

特に強い感情を持っているわけでもなく、淡々としているわけでもなく…自然に、そう言った。

「…え?」

「アイツが悪いわけじゃあ無いんだけどね…。もう既にアタシに関わってるから、これでアイツに関わると…きっと」

 そこで彼女は口を閉ざし、そのことについて話そうと…しなかった。

 話したくない、という風ではなく、話してはならない。知ってしまったら後悔する。そんな風に。

 だから…アプリコットは無理に話を聞こうとしなかった。

 

 しかし…もう既に決まっていることなのだ。

 

 きっと…あの時から、決まっていたこと。

 

 

 

 

――『あの日』以来…動くことの無かった運命が…ゆっくりと、しかし確実に、動き出す。

 

 

 

 

「…嫌な予感がするな」

 何故かは分からないけれど…本能が、警鐘を鳴らしている。

 額に滲む汗を手の甲で拭い、タクトはゆっくりと深呼吸をする。

 それは、オペレーター達も同じ。今、この瞬間…ブリッジに居た者たちは、言いようの無い不安に駆られていた。

 いや…それは、ルクシオールの乗組員、ほぼ全員が…感じていた。

 『それ』は…姿はおろか、音も、気配も無く…ゆるりと背後まで忍び寄る。

 

 

 

 

 ――運命というものは…どこまでも救いようの無い未来しか、紡ぐことが無いのだろうか。

 

 

 

 

「…ココ。念のために…」

 そこまで言って、プツリと途切れる言葉。

 何時までも続きの言葉が来ないことに、ココが振り返り…そこに居るはずのタクトへと、目を向けようとするが。

「…マイヤーズ、司令…?」

 そして…その疑問を含んだ言葉は、彼女が消える前に、最後に言った言葉となる。

 何であれ…最後の言葉を言えた者は、ほんの僅かに過ぎない。

 多くの者達は、最後の言葉を残すことも無く静かに消えてゆく。

 次々と…瞬く間に、一人、また一人…クルーが消えてゆく。

 

 

 

 

 ――再び紡がれし運命が…一筋の光も射さぬ暗闇であったのならば…どうすれば、よいのだろうか。

 

 

 

 

 同時刻。トレーニングルームにて。

「…!?」

 不意にクレアが動きを止めた。

 それはクレアだけでなく、アニスとリリィも動きを止めた。

 悪寒なんてものではない…、全身の血が凍ってしまったかのような感覚。

 血が凍ってしまったから、指先さえも動かすことの敵わない状況。

 それと共に、微動だにしない三人の姿も相俟って…まるで、時間そのものが止まってしまったかのように。

「まさか…。だとしたら、急がないとマズイわね…!!」

 凍った血を気迫だけで溶かし、再び全身に巡らせる。最初は冷たいそれも、徐々に熱を取り戻す。

 冷めた全身に熱が巡り、一つ一つの感覚をいつも以上に鋭敏に働かせて、全ての元凶を探る。

 それを探り当てた時には、既に身体の全ての機能が普段どおりにまで回復し、踏み込んだ足はいつも以上に力強く。

 立ち止まることも無く、同じ場所にいた二人を省みることも無く、クレアはその場所を目指す。

どこへ行くのか、何が起きているのか。それを尋ねたくとも、カラカラに乾いた喉は上手く言葉を紡がず。

凍り付いてしまった血は全身を巡ることなく、四肢を動かすことも敵わず、追うことも出来ない。

そして、悟る。今、この瞬間は、人間の身では動くことの出来ない瞬間だと。

それに合わせて二人の影が静かに浮かび、形を成さぬままに、その二人を飲み込もうとする。

正反対な性格の二人が、終わりの時に思ったことは奇しくも同じことで。

 ―せめて、この身が動いてくれれば…。

 

 

 

 

 同時刻。ピロティにて。

「…消えた」

 不意に呟いた、その言葉の意味は?

「な、何が…ですか、テキーラさん?」

 恐る恐る尋ねるアプリコット。それに合わせて、首を捻るナノナノ。

 全てものが等しく凍ったこの瞬間に…何も知らずに、平然と己の時間を刻む三人。

 この瞬間に、一瞬でも凍ることなく普段のままでいられたのは、この三人を除いて他無く。

「…炎。すなわち、命。他がどうか分からないけど…どうやら、ネズミなんてレベルじゃないわよ」

「だ、だから、どうしたんですか!?」

 思わず、怒鳴ってしまう。上手く表現できずとも、その言葉の意味を大体は理解してしまった。

 それは、ナノナノも同じ。顔が青白くなっている。

「…ヤバイことになってるのだけは、確かね。たぶん…ほとんどの奴らは何も分からずに消されたわね」

 消された。その意味は…?

 分かっている、どういう意味なのか。ただ、認めたくないだけだ。

 認めなければ、きっとそれは現実じゃないから。

 そんな子どもじみた逃避をする自分があまりにも情けなくて、そして認めたくない事実に泣きそうな自分が、嫌で。

「…それでも、何の反応も無いってのは気になるわね。…ちょっと、ブリッジまで行って来るわ」

「ナノナノも行くのだ!!」

 二人がほぼ同時に立ち上がり、エレベーターへと駆け出す。

 私も行きます、そう言いかけて、その言葉を飲み込む。そして視線を前後左右に彷徨わせる。

 誰かに呼ばれた…そんな気がしたから。

 気のせいだと思ったけれど、そう思いこむには、その声はあまりにもハッキリしていて。

「誰…? どこに居るの!?」

 誰に向けるわけでもなく何処に向けるわけでもなく、叫ぶ。

 いや、向けた先はその声の主。何処に向けたのか分からないわけでもなく。

 数秒遅れて、返ってくる返事。その声が聞こえてくる方向へ、その場所へと、走り出す。

 まるで、何かに誘われるかのように。

 

 

 それから、僅かに遅れてクレアがBブロックへと姿を現す。

 しかし、彼女がBブロックに到達した時、目にしたものは…。

「ちぃっ、手遅れだったか…。ま、だからってここですごすご引き下がるわけないでしょうが!!」

 滅多に見せることの無い、幾多もの死線を潜り抜けた猛者としての表情を浮かべて。

 目の前に広がる黒き影の海。それより湧き出る幾多もの影達に向かって、構えを取る。

 

 

 

 

 『それ』を目にしたのは、何もクレアだけではない。

 Aブロックへと移動したテキーラ、ナノナノはエレベーターを出ると同時にそれに襲われたからだ。

 影が二人に喰らいつくより、コンマ一秒早く炎が影を焼き尽くした、が。

 それに怯むことなど無く、数多の影が立ち上がり、襲い掛かってくる。

 しかし、結果は同じなのだが…。

「ああ、もう…。うざったいわね!!」

 悪態を吐いたところで、仕方ないのだけれど。

 目前に数え切れないほどの影が立ち上がり、今まさに襲いかかろうとしているのだから。

 これくらいしないとやってられないのだろう。

 考えたところで、この状況を切り抜けられるかどうか…確率はあまりにも低い。

 影の海がどこまで続いているのか分からない以上、敵が何時まで沸き続けるか分からない。

 影の海が消えてなくなるよりも先に、自身の魔力が底を突いてしまえば…待ち受けるのは死だろう。

「…プディング、アンタだけでも逃げなさい。たぶん…ここに残ってたら死ぬわよ」

 

 

 

 

 目指したのは、今はもう主の居ない部屋。声が聞こえたのは、そこからだったから。

 そんなことはない、ありえない。ずっと自分に言い聞かせながら、長くない距離を走る。

 このままずっと、そこへ辿り着くことなく走り続けていられれば、よかったのかもしれない。

 そこで待つものを、見ないで済んだのだから。

 けれども、どれだけ願おうと自分の足は止まろうともせずに、床を蹴り、走り続け、そこへと至る。

 

 

 そして…それを、彼女は見てしまう。

 

 

 二度と見ることの無いはずの存在を、この世から消えてしまったはずの少年を。

 

 

「久しぶり…かな。元気にしてた?」

 

 

 その声色も、穏やかな表情も、記憶にあるものと寸分変わらないのに。

 

 

 彼女が、少年に向けた視線と言葉は温かなものではなく、冷たいもの。

 

 

「あなたは…カズヤさんじゃない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 紡がれてしまった、残酷な運命。

 

 

 

 

 盗賊と騎士は凍った時の中に取り残され、動くこと敵わず。

 

 

 

 

 魔女と猫はあまりにも多すぎる敵の前に、活路を見出すことが出来ず。

 

 

 

 

 少女は少年と望まぬ再開を果たし、冷たく睨み合う。

 

 

 

 

 抗う意思に力は宿らず、運命に従うより他無いのだろうか…。

 

 

 

 

 

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