第二話 エンジェルハート

 

『そうかい・・・あたしらが居ない間にそんな事が・・・』

画面一杯にフォルテの顔が映っている。

『しかも、ナノマシンが効かないときた・・・困ったものだよ。』

椅子に腰掛けているタクトが、深々と溜め息をついた。

『意識も無いと聞いていますわ・・・』

フォルテの横からピョコッとミントが顔を出した。

『えぇ〜い!退いてくれ!』

画面にいた二人を押し退けて間からレスターが顔を出した。

『タクト、とりあえずエルシオールでそちらに向かっている、詳しい事は後で聞かせてくれ。』

そう言って通信が切れた。

後に残ったのはタクトの溜め息と、後ろで待機しているリコの暗い表情だけだった。

『あの・・・タクトさん・・・』

少し経ってから、リコが口を開いた。

『カズヤさんの所に行ってきても良いでしょうか?』

見るからに辛そうなリコ、だが今は支えてくれる者は居ない。

ちょっと押しただけでも崩れてしまいそうな精神を、リコは自分で支えているのだ。

『あぁ、用事の途中で通信がきたからね、付き添わせてごめん。』

『いいえ、大丈夫です・・・では。』

一礼してブリッジから出た、それを見送ったタクトは一撃壁を殴った。

何も出来ない、何もしてやれない自分が悔しいのだ。

だがそれは、タクトだけでは無い・・・エンジェル隊全員がそう思っている事なのだ。





          φ





数時間前

『私は・・・カズヤさんに・・・帰ってきてほしいです。』

顔が少し赤くなりながらもリコはそう言った。

『良く言った、そう思っていれば良いんじゃないか?』

『え?』

『無理に自分を責めずに、愛しい人を待ってあげなさい。』

その言葉に一瞬にしてボンッと言う音と共に顔が赤く染まった。

あらあら〜、と言った感じで全員リコを見る。

リコは、本当はカズヤの事を嫌いにはなれなかったのだ。

悪気があった訳じゃない。

そう分かっていても、何故かそうさせた自分が、嫌だった。

だから離れたかった、離れたかったけど・・・

離れられなかった。





離れたくなかった。





帰ってきてほしかった・・・自分の元に、エンジェル隊の中に。





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ピッピッピッピピ・・・・・

何度も何度も同じ音が響く部屋。

風に舞うカーテン、眩しいくらいに入ってくる陽射し、白い・・・ベッド。

そしてベッドに寝ている・・・カズヤ。

横に座るリコ。

ただ・・・ただ座っている。

ベッドから出ている手をきつく握りしめながら。

ずっと座り続けている。

『そんなにきつく握りしめたら、カズヤ君が可哀想よ。』

いつの間にか入ってきていた彼女に、驚きもせずに・・・ただ座り続けている。

まるで何も耳に入っていないかのように。

『ここ?カズヤの病室は?』

『どうやらそのようですわね♪』

『よ、リコ。って・・・静かにしてた方が良さそうだね。』

『失礼します・・・』

『御見舞いに参りました。』

蘭花、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせが、カズヤの病室に入ってきた。

『呼んで頂いて、有難うございますですわ♪』

『でも来たは良いけど・・・・』

『まわりがこれじゃぁねぇ・・・』

元々はルーンエンジェル隊と共に休暇、そしてこのピロットで開かれるパーティに参加。

それだけの予定のはずだった・・・だがこの事態。

『みなさ〜ん、お部屋に御案内しまーす。』

部屋の前に来たにゃーが、ムーンエンジェル隊の面々を部屋へと案内していった。

後に残されたのは、ユキ、リコの二人だけ。

『パーティまで、後ニ週間・・・先日のが前座って感じのやつだったのに・・・』

ふぅっと溜め息をつくユキ、一方リコはうっつらうっつらと・・・眠くなってきたらしく。

『眠い・・・です・・・』

と言って、本当に寝てしまった。

『あらら、陽射しがそんなに心地よかったのかしら?』

クスッと笑い、近くにあった余っている毛布を掛けて・・・・

『ちょーと・・・やりますか・・・』

と言って、魔法陣を描き始めた。





          φ





『う・・・うぅん・・・』

『リコ・・・』

『むぅ〜・・・』

『リコ・・・』

ぼんやりとする意識の中、リコはその声に反応した。

寝ぼけ眼でぼんやりとするが、その声の主は・・・

はっきりと、鮮明に映り始めた。

『カズヤ・・・さん?』

『良かった・・・目が覚めた。』

あれ?とリコは思った、自分は病室にいたはず・・・

しかし今いるのは何にもない空間に、自分・・・つまり、リコとカズヤがいるだけ。

記憶を整理しようにも混乱していて、整理の仕様がなかった。

『これは多分、ユキさんがやってることだね。』

『ユキさんが?』

『多分、僕の目覚めない意識の中に、一時的にリコを入らせているんだと思う。』

どうも信じ難い事だった。

だが、今はそれを信じるしかなかった。

現に今、こうして目覚めていないカズヤと話しているのだから。

しかもまわりがまわりなだけに、そう信じるしかないのだ。

多分コレは、ユキさんが私にくれたチャンスなのかも・・・

リコはそう思い、自分の思っている事を言い始めた。

『カズヤさん・・・ごめんなさい!』

『え?』

唐突に言われたその言葉に、カズヤは少し驚いた。

『カズヤさんを嫌いだなんて言って・・・大嫌いだなんて言って・・・
大切なのに・・・離れたくないのに・・・嫌いだなんて・・・言って・・・』


ポロポロと涙が溢れた。

カズヤは少し戸惑っていた。

『本当は今でも・・・私・・・』

出したくても、涙がそれを邪魔をする。

その瞬間、リコをカズヤが抱き締めた。

突然の出来事に、リコは驚きを隠せなかった。

『良かった・・・完全に嫌われた訳じゃなかったんだ・・・』

確かに感じた・・・カズヤの温もり、高鳴る鼓動。

リコも、抱き締め返す。

二人を、静寂が包む・・・二人の想いは、通じ合っていた。

ぎゅっとリコが抱き締めれば、カズヤも同じ事をする。

しかし、その時間も永遠ではない事を・・・カズヤは知っていた。

自分の体が徐々に薄れていっている。

足先から徐々に・・・徐々に・・・

『リコ、ありがとね・・・』

『え?何ですか、急に?』

『僕の事を・・・好きになってくれて、ありがとって。』

『や、やだ・・・カズヤさんった・・・カ・・・カズヤさん・・・足・・・』

遂に、リコも気付いてしまった。

照れて、ふと目線を下ろした先にあった・・・薄れたカズヤの足。

しかも、腰の部分まで既に薄れていた。

『そろそろ時間みたいだね・・・リコ、本当にありがと。』

『そ、そんな・・・時間って・・・』

消えかけているのに、カズヤはずっと笑っていた。

『僕は・・・リコの事、大好きだよ。』

その瞬間、少しずつ進んでいた薄れが急激に早くなり、首まで薄れた。

『い、いや・・・カズヤさん!!!』

『ん・・・・』

『!!?・・・・』

最後に感じたのは・・・あの時と同じ感触・・・





          φ





『・・・ぃ・・・起きなさい。』

『む・・・むぅ〜・・・』

『起きろ!!!アプリコット・桜葉!!!』

『!!!ふぁ、ふぁい!!!』

フォルテの大声による目覚ましは、寝ぼけ状態ながらもリコを起こした。

お〜、と言った感じでユキは拍手をしていた。

さっきまでの光景から、いきなり現実に引き戻されたリコ。

きょろきょろと、辺りを見回し・・・現実に戻ってきたと実感する。

僕は・・・リコの事、大好きだよ

思い出しただけでドキドキする・・・あの言葉。

現実から少し離れた状態とは言え、本人に言われたのだ。

自分の一番大切な・・・大好きなカズヤに。

そう思うと、リコは思わずにやけてしまう。

『あんた・・・大丈夫かい?』

『フォルテ、ここに居たか・・・ミントと蘭花が呼んでたぞ。』

『あぁ、すぐ行くよ。そんじゃリコ、ゆっくり休みなよ。』

そう言うと早足でレスターと共にミントと蘭花の元に行った。

リコは、少し顔を赤らめて椅子に座ったまま。

ユキはそんなリコに近付くと・・・

(どお?自分の本当の気持ち、言えた?)

と、小さな声でリコに尋ねた。

(はい・・・ありがとうございます。)

クスッと笑ってユキは病室を出ていった。





          φ





『ナノナノ、この星を案内してくれませんか?』

『はいなのだー!』

ヴァニラとナノナノは、二人でピロットを散歩がてら見学に。

『蘭花姉さん!フォルテの姐御!行こうぜ!』

『わーったわーった、そんなに急ぐなって。』

『早く行きましょうよフォルテさん!』

『む、ならば私も同行しても宜しいだろうか?』

アニス、フォルテ、蘭花、リリィは四人でアトラクションエリアへ走って行った。

『では私は、野原にでも行きましょうかしら。』

『私も一緒に参ります。』

『あら〜、それなら〜、私も行きますわ〜。』

『わちしも行くですに!』

ミント、ちとせ、カルーア、ミモレットは野原に歩いて行った。

各々気を紛らわしたいのだ。

カズヤの意識不明の事、リコとの関係崩壊の事。

一つ解決すると、また一つ問題が増えて・・・

その繰り返しである。

何度も・・・何度も、繰り返される喜劇と悲劇。

そんな中に少しの安らぎを見つける。

リコは・・・それが出来た、でも完全にとはいかない。

それでも少しでも軽くなるのなら、リコでなくても同じ事をしただろう。

彼女達の心は鏡のように・・・何かを映し出し、簡単に壊れてしまう・・・






エンジェルハートなのだから。






永遠に続く事を祈り、果てしない物語を自らの手で描く。

太陽に照らされながらも、月の光を浴びながらも。

只管・・・今を、人生と言う物を刻んで行くのだろう。

誰ともに変える事の出来ない、彼女の物語。

行き着く先は、まだ誰にも分らない。





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『ふんふんふ〜んっと、えへへ、苺のショートケーキ完成♪』

『ミルフィー、いいのか?リコをあのままにしておいて。』

ケーキを作り終えたミルフィーユは、頬にホイップクリームを付けたまま答えた。

『今の私達に・・・できる事がないんですよ。
だから今は、こうやって見守ったり・・・ケーキあげたりしか出来ないんですよ。』


ケーキはどうかと思うぞ、というツッコミはあえて抑えておくタクト。

確かに、今傷付いている彼女達を癒す方法はない。

唯一あるとすれば、カズヤが目覚める事だけ・・・

しかし、カズヤが目覚めるのを待っているのは彼女達にはかなり辛いはずである。

無論タクトもムーンエンジェル隊もだ。

誰もがカズヤの目覚めを待っている。

 

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