誰もがカズヤの目覚めを待つ。
しかし、この事件に関わるもの全員が忘れている。
この惨劇の始まりが、【何によって起こされたものか】
【何が原因で起きたものか】
【何かを忘れている事に気付いていない】
あなたは・・・知っているだろうか。
この事件の発端を。
この事件が起こった原因を。
この事件が・・・何から始まったかを。
φ
『・・・・・・』
カズヤの病室に、ヴァニラが居た。
表情を変える事なく、ある資料を見続けていた。
カズヤに打ち込まれた、ナノマシンでは治療不可能の物質についてだ。
その奇妙な物質が何のなのか、ヴァニラはただそれを考えていた。
今まで治療不可能なものはなかったと思っていた。
死以外治療出来ないものがあるとは知らなかった。
いや、もしかしたら作られたものなのかもしれない。
色々と思考を廻らす度に他の問題点などが浮かび、話にならなかった。
『・・・・ふぅ。』
と、溜め息をつき・・・自分で入れた紅茶を啜る。
少し冷めてしまっているが、今の頭の状態では丁度良いかもしれない。
『らしくありませんわね、ヴァニラさんが溜め息なんて。』
ミントが病室のドアの前に立っていた。
手には花束を持っている、カズヤの見舞いに来たのだ。
『思いつめても、何も変わりません。』
ちとせも来ていた。
ちとせの手には果物など入った籠があった。
『もう何日ぐらいになりますでしょうか・・・』
『・・・・・』
三人とも、カズヤを見る。
静かすぎるが、確かに生きている。
窓からそよ風が入り、部屋のカーテンが揺れる。
その時、病室のドアがスッと開いた。
『あ・・・』
リコだ。
リコの手にも、花や果物が握られていた。
リコは一礼し、カズヤのすぐ傍にある椅子に腰掛けた・・・
そして、ベッドから出ているカズヤの手をギュッと握りしめる。
そして目を瞑った。
あの事件から早くも数日経っている。
リコはその数日間ずっと、この行為をし続けている。
本人、リコは・・・
「こうやっていつもカズヤさんに報告してるんですよ。
私は今日も元気ですよって。」
と、いつもの笑顔で答えていた。
『カズヤさん、早く御目覚めになると良いのですが・・・』
『神よ・・・』
φ
『あー!ちー!いー!』
『このぐらいでへこたれてんじゃないわよ、あと二キロあるんだから。』
蘭花とアニスは、野原を走り回っていた。
この二人は何をやっても気が紛れないらしく、既に五時間以上走り続けている。
傍から見れば普通に走っていられる距離ではない。
『いつまで走ってるんですか?少し休憩しましょうよ。』
そう言って近付いてきたのはにゃーだった。
手にはスポーツドリンクを持っていた、しかも二つ。
『いくら気が紛れないからと言って走り続けるのは体に悪いですよ。』
『でもよ、そんな事言ったって『駄々捏ねるのもいい加減にしなさい。』
アニスの発言を蘭花はたたっ斬った。
『確かにカズヤさんが起きないのは私も辛いんです。
だからと言って貴女達が走り続ける事に何の意味があるのですか?』
『う・・・それはそうだけど・・・』
『貴女達が今やらなきゃいけないのは、カズヤさんが起きるのを待つ。
そして、起きない間はリコちゃんと一緒にいてあげる事、それだけです。』
沈黙、ただ逃げる事しかやっていなかったのだから当たり前ではあるが。
走って走って走り続けて、何の意味もなく汗を流す。
それだけで、アニスや蘭花は逃げている、と言われたのだ。
それは、自分達でも分かっていたはずだ。
『とりあえずコレ飲んで、リコちゃんの傍にいてあげて下さいな。』
スッと差し出されたスポーツドリンクを二人は黙って受け取った。
『返事は!!!!!!!!』
『は、はい!!』『は、はい!!』
突然のにゃーの声に二人とも同じ言葉を出した。
φ
暗い、暗い闇の中。
誰かが私を呼んでいる。
誰?私の名前を呼ぶのは?
何処から呼んでるの?何故呼ぶの?
いや!やめて!それ以上呼ばないで!
これ以上私を苦しめないで!!
闇がリコを飲み込もうとした・・・
『リコ!!!』
スッと、現実世界に引き戻された。
『ゆ・・・め?』
風邪に揺れる白いカーテン、一定間隔で鳴る音。
白いベッドに男・・・カズヤさん。
いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
握り続けていた手は、汗でびっしょりだった。
後ろを振り向くと、リコの事を心配そうに見つめるナノナノやアニス、蘭花、ヴァニラ、ちとせ。
カルーア、リリィ、フォルテ、ミント、ユキ、千明、タクト、ミルフィーユの姿があった。
『急にうなされだして吃驚したぜ・・・』
『さっきまで気持ち良さそうにグーグー寝てたのだ・・・』
みんな、心配してくれている。
カズヤだけでなく、リコの事も。
言い方を変えれば、心配させてしまっている。
『あなたも休みなさい、カズヤ君の容態はここ最近安定してるし。
何かあったら千明走らせるから、だから安心して休みなさい。』
『俺か?走らされるんは・・・』
『ナノナノも走るのだ!』
『皆さん・・・ありがとう・・・ございます!』
ポロポロと涙が溢れ始めてきた、悲しいから?痛いから?
違う、嬉しいんだ・・・心配してくれる人がいる、仲間がいるから。
もう、心配させないようにしようと、リコも心の中で思った。
しかし
あの夢は
ただの夢ではなく
最後の悲劇の幕開けの
準備に過ぎなかった・・・
φ
「やっと見つけた、この悲劇の元凶・・・」
無気味な程に
「私もなめられたものね、あなたみたいな物の為に・・・」
広場一面に花びらを撒き散らし
「まったく・・・でも、もうこれ以上は何も出来ないわよ?・・・」
妖しく、美しく咲き誇る桜を前に立つ一人の少女
「我が名・・・イクシフォスラー・ニャーセルの許に・・・」