第三話 擦れ違いの昊淀

 

誰もがカズヤの目覚めを待つ。

しかし、この事件に関わるもの全員が忘れている。

この惨劇の始まりが、【何によって起こされたものか】

【何が原因で起きたものか】

【何かを忘れている事に気付いていない】

あなたは・・・知っているだろうか。

この事件の発端を。

この事件が起こった原因を。

この事件が・・・何から始まったかを。





          φ





『・・・・・・』

カズヤの病室に、ヴァニラが居た。

表情を変える事なく、ある資料を見続けていた。

カズヤに打ち込まれた、ナノマシンでは治療不可能の物質についてだ。

その奇妙な物質が何のなのか、ヴァニラはただそれを考えていた。

今まで治療不可能なものはなかったと思っていた。

死以外治療出来ないものがあるとは知らなかった。

いや、もしかしたら作られたものなのかもしれない。

色々と思考を廻らす度に他の問題点などが浮かび、話にならなかった。

『・・・・ふぅ。』

と、溜め息をつき・・・自分で入れた紅茶を啜る。

少し冷めてしまっているが、今の頭の状態では丁度良いかもしれない。

『らしくありませんわね、ヴァニラさんが溜め息なんて。』

ミントが病室のドアの前に立っていた。

手には花束を持っている、カズヤの見舞いに来たのだ。

『思いつめても、何も変わりません。』

ちとせも来ていた。

ちとせの手には果物など入った籠があった。

『もう何日ぐらいになりますでしょうか・・・』

『・・・・・』

三人とも、カズヤを見る。

静かすぎるが、確かに生きている。

窓からそよ風が入り、部屋のカーテンが揺れる。

その時、病室のドアがスッと開いた。

『あ・・・』

リコだ。

リコの手にも、花や果物が握られていた。

リコは一礼し、カズヤのすぐ傍にある椅子に腰掛けた・・・

そして、ベッドから出ているカズヤの手をギュッと握りしめる。

そして目を瞑った。

あの事件から早くも数日経っている。

リコはその数日間ずっと、この行為をし続けている。

本人、リコは・・・

「こうやっていつもカズヤさんに報告してるんですよ。
私は今日も元気ですよって。」


と、いつもの笑顔で答えていた。

『カズヤさん、早く御目覚めになると良いのですが・・・』

『神よ・・・』





          φ





『あー!ちー!いー!』

『このぐらいでへこたれてんじゃないわよ、あと二キロあるんだから。』

蘭花とアニスは、野原を走り回っていた。

この二人は何をやっても気が紛れないらしく、既に五時間以上走り続けている。

傍から見れば普通に走っていられる距離ではない。

『いつまで走ってるんですか?少し休憩しましょうよ。』

そう言って近付いてきたのはにゃーだった。

手にはスポーツドリンクを持っていた、しかも二つ。

『いくら気が紛れないからと言って走り続けるのは体に悪いですよ。』

『でもよ、そんな事言ったって『駄々捏ねるのもいい加減にしなさい。』

アニスの発言を蘭花はたたっ斬った。

『確かにカズヤさんが起きないのは私も辛いんです。
だからと言って貴女達が走り続ける事に何の意味があるのですか?』


『う・・・それはそうだけど・・・』

『貴女達が今やらなきゃいけないのは、カズヤさんが起きるのを待つ。
そして、起きない間はリコちゃんと一緒にいてあげる事、それだけです。』


沈黙、ただ逃げる事しかやっていなかったのだから当たり前ではあるが。

走って走って走り続けて、何の意味もなく汗を流す。

それだけで、アニスや蘭花は逃げている、と言われたのだ。

それは、自分達でも分かっていたはずだ。

『とりあえずコレ飲んで、リコちゃんの傍にいてあげて下さいな。』

スッと差し出されたスポーツドリンクを二人は黙って受け取った。

『返事は!!!!!!!!』

『は、はい!!』『は、はい!!』

突然のにゃーの声に二人とも同じ言葉を出した。





          φ





暗い、暗い闇の中。

誰かが私を呼んでいる。

誰?私の名前を呼ぶのは?

何処から呼んでるの?何故呼ぶの?

いや!やめて!それ以上呼ばないで!

これ以上私を苦しめないで!!

闇がリコを飲み込もうとした・・・

『リコ!!!』

スッと、現実世界に引き戻された。

『ゆ・・・め?』

風邪に揺れる白いカーテン、一定間隔で鳴る音。

白いベッドに男・・・カズヤさん。

いつの間にか眠ってしまったみたいだ。

握り続けていた手は、汗でびっしょりだった。

後ろを振り向くと、リコの事を心配そうに見つめるナノナノやアニス、蘭花、ヴァニラ、ちとせ。

カルーア、リリィ、フォルテ、ミント、ユキ、千明、タクト、ミルフィーユの姿があった。

『急にうなされだして吃驚したぜ・・・』

『さっきまで気持ち良さそうにグーグー寝てたのだ・・・』

みんな、心配してくれている。

カズヤだけでなく、リコの事も。

言い方を変えれば、心配させてしまっている。

『あなたも休みなさい、カズヤ君の容態はここ最近安定してるし。
何かあったら千明走らせるから、だから安心して休みなさい。』


『俺か?走らされるんは・・・』

『ナノナノも走るのだ!』

『皆さん・・・ありがとう・・・ございます!』

ポロポロと涙が溢れ始めてきた、悲しいから?痛いから?

違う、嬉しいんだ・・・心配してくれる人がいる、仲間がいるから。

もう、心配させないようにしようと、リコも心の中で思った。



しかし



あの夢は



ただの夢ではなく



最後の悲劇の幕開けの



準備に過ぎなかった・・・





          φ





「やっと見つけた、この悲劇の元凶・・・」

無気味な程に

「私もなめられたものね、あなたみたいな物の為に・・・」

広場一面に花びらを撒き散らし

「まったく・・・でも、もうこれ以上は何も出来ないわよ?・・・」

妖しく、美しく咲き誇る桜を前に立つ一人の少女

「我が名・・・イクシフォスラー・ニャーセルの許に・・・」

 

 

 

 

 

 

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