最終話 旅立ち

 

宴は終わり、夜も極まった頃

テラスに一人、座っている人陰があった

テーブルにはグラスが一つ、水か何かが入っていた

「ふぅ…困ったわねぇ…」

ユキであった

その手には紙が握られていた

「ただでさえ、忙しかったのに…また任務かぁ…」

軍部…辺境の惑星からの支援要請書だ

最近その惑星付近で戦争が勃発しているらしい

その戦争を終結させる為の戦力を紋章機一機だけでも良いからまわしてほしいらしい

そんな簡単に紋章機を出す訳にはいかない、かと言って放っておいたら拡大するに違いない

「うー…………………」

頭を抱え、悩むに悩んでいた

その時…

「レイも夢幻も、別の任務があるから出せん、アビスは指揮官代行につき不在
カナリアは近衛隊の任がある、俺は戦艦の指揮、ユキは姫故に行動出来ん…厄介だな。」


ドア付近に凭れ掛かりながら、腕組し、やれやれと言った口調でユキに話し掛ける人物がいた

無論、千明だ

時は既に丑三つ時をまわっていた

二人は夜行性なのか昼行性なのか…誰も知らない…





          φ





翌日

ルクシオールの全員は久々の長期休暇を終え、NEUEに帰る準備をしていた

慌ただしく準備をしている中、唯一一人だけ何もしていない者がいた

「ん〜…はぁ…今日も良い天気ですね〜…」

ぽ〜っとした面持ちで草原に寝転がっているリコ、まわりには数匹のピロットウサギが寝ていた

リコは夕べの内に準備を整えており、早朝ルクシオールに荷物を運び入れたのだ

つまり、やる事が何もないのだ

微風が吹く中、聞こえるのは風の音、草木の擦れる音、鳥の微かな声

私服で寝転がっているリコのお腹の上に一匹のウサギが乗った

一番小さなウサギ、乗ってもあまり重さを感じない程に

キュウッと小さく鳴くと、お腹の上から飛び下りた

リコはクスッと笑い、半身起き上がった

「私一人でココにいるのは勿体無いような気がします…ね。」

ぽつりと…自分が一人だけなのが寂しくなった

「でも…今までカズヤさんもこんな状態だったんですよね…」

この数週間…

一体どれだけのことが起こったのだろう…

数えられるが、思い出したくもない

だけど、その思い出もこれからのことに役立つ事もあるかもしれない

心配する事、喧嘩する事、そして…



相手を信じ抜く事



どれも当たり前の事だが、時に思い出すのも必要だろう

「リーコー」

遠くから声がする、カズヤの声が

カズヤも荷物の片づけが終了したらしく、手には菓子袋が握られていた

大きさからしてクッキー類だろうと、リコは思った

「カズヤさーん、こっちでーす!」

大きく手を振ってカズヤに位置を教えた

それに気付いたカズヤは、小走りでリコの近くまで行った

「お待たせ…と言っても、呼ばれた訳じゃないけど。」

「構いませんよ、それより座りません?」

にっこりと笑いながら隣を指差す

ゆっくりと腰を降ろし、リコの隣に座る

サァッと微風で、リコの髪が靡く…

暫く二人は、黙って互いの手を握った

不意にリコが、ふぅっと…溜め息をついた

「どうしたの?疲れてる?」

「あ、いいえ違うんです…」

首を傾げるカズヤ、リコは少しもじもじしながら答えた

「あの…えっと…おかえりなさい。」

少しぽかんとした表情を見せるが、すぐにその言葉を理解し

「ただいま、リコ。」

と、リコに返事をする…リコの顔は更に赤くなった

カズヤは、そんなリコを可愛いと内心思っていた

無意識にリコの頭を撫でていた

「な!ちょ、ちょっと、カズヤさん!?」

思いっきり照れてるのが良く分かった

顔が半分照れていて、半分笑っていた…にやけているようにも見える

優しく、ゆっくり撫でる…次第にリコは抵抗をやめて、大人しくなっていた

その内、体を寄せて、くっついた

「今だけでも…こうさせて下さい…ね?」

「つまり、甘え…」

「わー!そんなストレートに言わないで!」

ばっとカズヤの口を塞ぐリコ、カズヤははいはいと返事をしておいた

「っと、そうだ…リコ、これ…」

カズヤは手に持っていたあのクッキーが中に入ってると思われる袋を差し出した

ふわっと焼き立てのような香りもする

「あの…これは?」

「教官や先輩に聞いたよ、ずっと看病しててくれたみたいだね。」

カズヤが眠っている間、ベッドの隣で、手を繋いで…

思い出した瞬間、リコの耳は赤く染まった

カズヤは疑問符が頭の上に浮いたまま、言った

「えっと…いらない?」

「え?い、いいえ!いただきます!」

奪い取るような勢いで袋を受け取る





          φ





「・・・と言う訳で、この経路でココまで行けばゲートまで安全に航行出来る。」

「なるほど、安全且つエネルギーの消費も少ないと言う訳か。」

「まぁ、完全に安全とは言い切れないけど…ね。」

城内の一室で、タクトと千明、ユキがゲートまでの道を思案中のところ

少しばかりゆっくりしすぎたルーンエンジェル隊はちょっと急いでアブソリュートまで帰らなければならなかった

そこで、この宇宙に詳しいこの二人にタクトは相談していたのだ

クロノドライブで数時間、それだけで辿り着く航路を、千明はルクシオールに転送する準備をした

早い手付きでデータを入力、ユキがそれを確認し転送

「しっつれーしまーっす。」

ドアを勢い良く開けて入ってきたのは、ルーンヴァイス隊の制服を着たニャ−であった。

「シティアー、発進準備出来ました−。」

「え、発進?」

タクトの目は点になっていた

無理もない、何も知らされていないのだから






          φ





あの日の夜

「いっその事、ニャーさんを臨時でルーンヴァイス隊に入れちゃう?」

いきなりの無理難題の提案を出すユキ、しかし千明は

「・・・出来ない事はないな。」

と、頷いていた

クスクスと笑う二人、だがそれを聞いていたのは二人だけ

誰も知らない内に事は進んでいたのだ…





          φ





「・・・と言う訳で、ニャーさんは臨時隊員、この任務が終われば解任さ。」

「正式な手続きしてないから臨時、結構酷いけど…ね。」

苦笑いをするしかない二人、そこにフォローをしようとするニャー

「再来月あたりに試験があるらしいので、一応受けてみようかなって。

そこで合格者が多ければ、また新しい隊も作るとか作らないとか…。」

アハハと笑いながら話す姿は、少し困ったような顔にも見えた

へぇ〜と腕組しながら頷くタクト、しかし引っ掛かる事がふと頭を過る








また新しい隊を作るとか作らないとか…









「・・・新しい隊?」

その言葉が意味する事は・・・・





          φ





「御馳走様でした。」

ふぅっと、クッキーを食べ終わったリコが至福の溜め息をついた

カズヤとリコのまわりには誰も居らず、至って平凡に時が過ぎていた

長閑で、平和で、静寂に包まれた草原に二人きり

今どこかで、闘いが起きてるなんて思えない程

「よっ…と。」

草原に寝転がるリコ、それに続いてカズヤも隣に寝転がった

その瞬間風が吹いた、少し強めの風が

その風に乗って、木の葉が舞い散る

…が、風に乗ったのは木の葉だけじゃなかった

どこからか、音色が聞こえてきた

ハーモニカに、歌声

耳を済ませる二人、声の主は分らないけど、歌詞は聞こえてきた



いつの日か 覚えてる
遠く懐かしい その記憶

無くさない 忘れない
忘れたくはないの

貴方の目 悲しそう
別れても 一緒だよ

いつまでも そう忘れずに
いつかまた会いましょう

遠い空に あなたはいつも 微笑んでいた
私には それがきっと 希望となったのだろう

消えないで 私の記憶 さよなら何て言わないで
まだいいよ 私のもとで 小さく微笑んで

哀しみも 怒りさえも 私がきっと消すからね
ここでいい さよならは 言わないで生きよう

いつの日か 貴方のもとへ
待つわ いつまでも 帰ってきてね

私はいつも この大いなる空の下にいるから






すぅっと、歌声とハーモニカの音色は消えた

悲しいような、優しいような音色だった





          φ





数時間後

「よし、全員いるかな?」

ルーンエンジェル隊は収集を受け、ルクシオールのある格納庫まできた

「はーい、皆いまーす。」

全員が乗り込んだ事を確認すると、ルクシオールは出航

ピロットを後にした

「それにしても〜、あっという間でしたわ〜。」

「後はクロノドライブするだけだ、問題はなかろう。」

数時間の航行後、クロノドライブに移項

また数時間、この空間で航行後

ゲート近くまでつく予定なのだ

それまで暇と言う訳だ

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

アレだけの大惨事にもかかわらず

死者負傷者は一人もいなかったらしい

そして一番の被害を受けたはずの展望公園は元通りに直っていた

そこに彼女達は寝転がっていた

カズヤも一緒だが・・・

忙しかった日々、楽しかった日々は既に過去

今その一時一時を感じているのだ

実に長かった・・・はずの日々は、あっという間に過ぎていった

その理由は、休暇のはずが出動があったからかもしれない

「さて、私は少し用事がある。先に失礼しよう。」

リリィはそう言うと、公園を後にした

「私も〜、研究室に戻りますわね〜。」

「ナノナノも行くのだ!」

カルーアに続き、ナノナノも

「俺は休暇で訛った体を、もとに戻してくるわ。」

アニスも出ていき、カズヤとリコだけになった

カズヤはそっとリコの隣に移動した

手を繋いで…

「リコ、ごめんね。」

そう言った

「え?何がですか?」

当然の如く、リコは聞き返した

「あの時、僕がその結晶を渡してなければ、こんな事にならなかったのに…」

俯き加減にカズヤは言った、しかしリコは…

「それは…違うと思います…あの樹がどうしてココにあったのかは知りませんが…
あの出来事で、私は…その…カズヤさんがやっぱり必要なんだって…そう思えました。」


赤くなりながらもそう答える、一方カズヤは

「そう…だね、でもやっぱりごめん…この件で謝るのはこれで最後にする。
僕もリコがやっぱり必要だって、再確認出来たから。」


カズヤも少し赤くなっていた

「カズヤさん。」

寝返りをうって、リコはカズヤの方を向いた

「どうしたの?リコ。」

カズヤも、リコの方を向いた




そして…




「大好きです!」

飛びつくようにカズヤに抱き着く

「・・・・・うん、僕もリコが大好きだよ。」

優しく抱き締め返すカズヤ

しばらく抱き締めあった二人はそっと口付けを交わす

サァッと風が吹き抜ける

お互いの温もりを惜しむようにそっと離れる

二人とも顔は真っ赤だった





          φ





「なぁ…ココ。」

艦長席に座り、足を組んで頬杖をつくタクトが言った

「どうしました?マイヤーズ司令。」

「何もないって平和で良いね。」

ブリッジにいる全員が、ちょっとだけ共感した

「これだけ静かだと、遠くにいても…声が聞こえてきそうだね。」

「・・・そうですね。」

そう思っていた矢先、警報がなった

「艦の前方に、敵機確認…距離五万、数は…およそ二千!」

ピロティに行く途中でフルボッコにされた海賊船隊の本体みたいだった

「やれやれ…ソニードライザー出撃…と言うかついてきてるよね?」

タクトが急に意味不明の名前を言った

すると通信機から…

「あいよ、ちゃんとついてきとるわ。雑魚は任せてとっとと行きいな。」

独特な喋り方をする口調が聞こえてきた

すると突然、ブリッジの上を光の弾が物凄い勢いで飛んでいった…

そして…敵艦隊の中心で大爆発が起き始めた

「サウンドクラッシャー…命中やな。」

するとルクシオールオペレーターが…

「敵の数二千から五百に…凄い…」

ブリッジの丁度上に、停泊するくらいすれすれに紋章機がいた

まるで固定砲台のように…

敵機の数が減った瞬間、ルクシオールは最後のクロノドライブに移行した

その場には、その紋章機と…黒い紋章機のみ残っていた





          φ





数時間後・・・

ゲート前に到着したルクシオールは、アブソリュートへと空間移動した

その頃、ブリッジでは…

「マイヤーズ司令、さっきの爆発の事なのだが…」

リリィが少し深刻そうにタクトに詰め寄っていた

タクトは司令官席から動かず、コンソールをいじりながら…

「さっきの?あぁ、サウンドクラッシャーだったかな?それがどうかした?」

ルクシオールの前にセントラルグロウブが見えてきた

「入港許可…取得っと。」

コンソールの操作を止め、振り返った…が、タクトの目は一瞬にして点に変わり…

ブリッジに笑い声が木霊した





          φ





〜数時間前〜

ランティが不在中の厨房で、リリィとリコとミルフィーユは菓子作りをしていた。

「桜葉少尉、このイチゴはそっちに置けば良いのか?」

「あ、はい、そうです。」

「リリィちゃん、こっちにもそれ頂戴?」

三人でイチゴ系の菓子作りをしている真っ最中に、あのソニードラージのサウンドクラッシャーが炸裂…

その瞬間

「うぉぉぉぉぉ!?」

イチゴのジャムを運んでいたリリィは足を滑らし、頭からそれを被ってしまったのだ

そして追い打ちをかけるかのように…

「リリィさん!危ない!」

頭上からテーブルに置かれていたケーキが…



べちゃっ…





          φ





「警報が鳴っても安心しろというのは間違いではなかったのか!?」

リリィはケーキ+ジャム塗れのまま、そして柄に手をかけながら、ブリッジまできたのだ

凄い執念と言うか何と言うか…

タクトもさすがにその姿にタジタジしている

と言うより、ブリッジにいる全員が引いている

と、そこへ…

「リリィさん!早くお風呂に入って洗ってきてください!」

ブリッジにリコが飛び込んできてリリィの服の袖を引っ張ってブリッジの外へと連れ出して行った

「騎士の道に反したものはぁぁぁぁ…」

と、最後に何か聞こえたが、ブリッジの全員が一致して、「聞かなかった事にしよう」と言う結論になった

「さ、さぁ、職務に戻ろうか。」

微妙に引きつった声でタクトはそう言った





          φ





「ニャーさん、今頃何してるのかなぁ。」

数日経ったある日、突然リコはそう言った

カズヤ達ルーンエンジェル隊は今現在、とある基地で補給をうけている途中だ

その間、その基地の防衛システムによって敵機からの攻撃は防がれる

最新鋭艦・ルクシオールは、今日もロストテクノロジーを探しに出ているのだ

「う〜ん、僕にはわからないけど…きっとどこかで元気にしてるよ。」

ボウルにメレンゲを泡立てながらカズヤが答える

「ふふふ、そうですね。」

冷蔵庫からフルーツを取り出したリコは笑った

僕は少しまわりを確認した、厨房にはカズヤとリコ以外誰もいない事を確かめる

「どうしました?カズヤさん?」

不思議そうな声が聞こえた

テーブルにフルーツの入った皿を置く

「リコ、ちょっと…」

カズヤは手招きをする

「はい?」

テコテコとカズヤに近寄るリコ…

チュッと小さな音がする

「カ、カカカ、カズヤさん…」

赤くなった、例えるならトマトの色

「ごめんね、大好きだよ。」

カズヤはそう言ってリコを抱きしめた




宇宙は幾重にも存在する


でも、存在するのは宇宙だけじゃない


出会いや別れ、そして再会もある


今ここにいる自分はまだ完全じゃない


さぁ走れ、自分自身を見つけに


さぁ走れ、未来へと




羽ばたけ、今の自分よ

 

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