第一話「消えた翼」


戦艦ヴァルミネス 司令室
「イーグレット中尉」
「はい、司令」
彼はヴァルミネス戦艦司令、ウィルことウィリアム・ストーク。その前に立つ少女は、
攻撃部隊チームフェザーの隊員であるイーグレット・クラウド中尉だ。
「・・・バーナード大尉・・・いや、バーナード中佐が亡くなられた」
「・・・・・・」
イーグレットは、自分の兄の死を聞かされても顔色一つ変えなかった。
「よって、君をチームフェザーの新たなリーダーとして任命する。承知してくれるか?

「はい、兄に・・・いえ、バーナード中佐に代わって、このイーグレット・クラウド。
チームフェザーの隊長を務めさせて頂きます。さっそく、この事を隊員達に知らせると
同時に、今後の事についてミーティングを行おうと思うのですが」
「分かった、ブリーフィングルームの使用を許可しよう」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
イーグレットは足早に司令室を後にした。ウィルは背もたれに体を預けた。
「ふう、辛い事だな。しかし、彼女も辛いんだろうな。手が震えていた」
「当たり前じゃないか、大好きだった兄さんがあんな事になってさ・・・」
その隣に立っていた女性が言った。彼女はダイアナ・フェーゼント副司令である。
「ああ、だろうね。でも俺たちには」
「悲しむ時間も惜しい、だろ?」
「・・・・・・・本星に到着まで、あと一ヶ月か」


ヴァルミネス・ミーティングルーム
「・・・・というわけで、バーナード中佐に代わり、私がチームフェザーの隊長に任命
された。今後ともよろしく頼む」
ミーティングルームに隊員達を集めたイーグレットは言った。その言葉を隊員達は黙っ
て聞いていた。
「それで、これからどうなるんだ?」
彼女は現時点でチームフェザーのサブリーダーとなったソーラ・クレーン。
「まだ奴らが襲ってこないと決まったわけではない。いつでも迎撃ができるように、準
備はしておくべきだな」
「バーナード大尉が、亡くなられたなんて・・・・あんなに元気だったのに」
チーム最年少、リーズ・ピジョンの目に涙が浮かび始めた。
「泣くなピジョン少尉、泣いても、中佐が帰ってくるわけでない」
「でも・・・」
「今はとにかく生き延びる事を考えねばならないのだ。辛いとは思うが分かってくれ」
「はい・・・イーグレットさん」
「私からは以上だ、何か質問はあるか?」
「はい、イーグレット」
眼鏡をかけた少女、マーティン・レイニーがイーグレットに聞いた。
「この船が補給に立ち寄れる場所はあるの?ボクの勘だと、このままの航行は難しいと
思うんだけど」
「確かに、司令もそのことには気がついておられた。予定では、あと一週間ほどで人工
衛星基地に辿り着く。そこで補給と修理を行う予定だ。それまでに、この船を絶対に守
りきらなければならない」
「分かりましたです。絶対に守ってみせますです」
いつもはのんびりしているサンディ・シーガルも、今は珍しく緊張していた。いや、彼
女だけではない。ここにいる全員が隊長の死に直面し、不安に包まれていた。
「・・・もう質問はないようだな、では解散、指示があるまで自室で待機せよ」
そう言って、イーグレットはミーティングルームから立ち去った。


数分後、イーグレットは自室にいた。イスに腰掛け、ただ何をするでもなく、呆然と天
井を見上げていた。
「兄さん・・・・」
イーグレットは呟いた。彼女達に何があったのか、それは今から数時間前に遡った惑星
クロストでの出来事である。


惑星クロスト、惑星ネスティアを本星とする比較的新しい植民惑星である。戦艦ヴァル
ミネスとチームフェザーは、この惑星の防衛、及び環境調査を目的として配属されてい
た。
この日はちょうど定期環境調査の日であり、それが思いの外早く終了した為、チームフ
ェザーの女性メンバー5人は司令であるウィルに許可をもらい街へと向かっていた。
「いや〜、本当に退屈だよな〜、環境調査って。やんなっちまう」
街に向かう途中、さっそくソーラが愚痴り始めた。それに対してイーグレット。
「仕方ないさクレーン少尉、我々の任務は・・・」
「へいへい、この惑星に住む人々を守る事、その為にはまず環境から調べなければなら
ない。だろ?」
「何だ、分かっているじゃないか」
「当たり前ですよ。ソーラさん、同じ事を今まで30回くらい言われてますもん」
リーズがソーラにとって、言わなくても良い事を口にした。イーグレットは呆れ返った

「納得だ、進歩がないな」
「うっせぇ!」
「まあまあ、お姉ちゃん押さえて押さえて」
マーティンが怒るソーラを宥めた。
「ところで〜、今日はどこにいくのです〜?」
サンディはいつもと変わらず、のんびりとした口調で言った。
「どこでもいいじゃん、とにかく歩き回ろうぜ!」
「え?、たくさん歩くの苦手です?」
「いいから行くぜ!」
「ふわ〜ん!?」
ソーラはサンディの手を引いてぐんぐん進んでいく。
「こらクレーン少尉!シーガル少尉の手を放してから行け!」
「姉ちゃん、あんなに急いでどうするんだか・・・あれ?リーズ」
マーティンが振り向くと、リーズがヴァルミネスがある基地の方を向いていた。
「隊長・・・来なくてよかったのかな?」
「バーナードさんだね。あの人は仕方ないよ、色々と仕事があるみたいだし」
「そうなんですか・・・」
「だからさ、お土産沢山持ってってあげようよ、ね?」
「・・はい、行きましょう!」
先に向かったソーラ。サンディ、イーグレットの後を追って、リーズとマーティンは街
へと急いだ。その時だった。
ズドーン!!ズドーン!!ズドーン!!
「うわっ!」
「ひゃあ!?」
「何だ?」
突然、轟音が鳴り響いた。町の方に何かが落下したのだ。
「い、隕石かぁ?」
「隕石が三つ、なんて事だ」
ピリリッ!
「こちらイーグレット!」
イーグレットの持っている小型通信機に連絡が入った。連絡してきたのはウィルだった

「5人とも無事か?」
「はい、こちらは何ともありません。どうかなさったんですか?」
「知っているとは思うが、街に隕石が落下したんだ」
「おいおい、衛星カメラとかレーダーとかで分からなかったのかよ?」
「どうしたのです??」
「どういうわけかそのどちらにもキャッチされなかったんだ。まるで突然空中に出現し
たようだよ」
「まさか、そんな事が?」
「とにかく5人は一度基地に戻ってくれ、バーナードと共に隕石の調査を行って欲しい

「了解しました。みんな戻るぞ!」
「あ?ん、折角の買い物チャンスが」
と、ぼやくリーズ。
「ぼやかないの、とっとと済ませたほうがいいって」
と、マーティン。5人は急いで基地へと戻った。


そして、バーナードと合流した5人は、新型戦闘機「イカルス」に乗り、まだ濛々と煙
を上げている隕石の調査に向かった。住民の避難はすでに完了していた。
「マーティン、君のレーダーで隕石の状態を調べてくれ」
バーナードから指示が出た。
「了解、レドーム起動」
マーティン機に装備されているレドームが起動した。このレドームは、隕石の形状、及
びその組成などを調べる事が可能である。
「あれ?」
マーティンが首をひねった。
「どうした?マーティン、何か分かったのか?」
「隊長、あの隕石から生体反応が出ています。それも多数です」
「多数の生命反応?あの隕石は生物だということか?」
「レイニー少尉、幾らいるんだ?」
「ええっと・・・一つにつきだいたい30くらいです。全部で60」
「宇宙生命体か・・・しかしそんな数、何の目的でここへ・・・何だ!?」
隕石の煙の中から、深緑色の何かが飛び出した。それは虫のような姿をしていた。しか
し、10メートル近くもありそうなその大きさは、明らかに昆虫のそれではなかった。そ
の生物は次々と煙の中から姿を現し、イカルスへと迫り来た。
「いかん、全機回避せよ!」
バーナードの指示で全てのイカルスが虫の体当たり攻撃を回避した。しかし、虫は方向
転換して再びイカルスに迫った。
「た、隊長!攻撃許可を!」
「仕方ない、攻撃開始だ!」
イカルスからミサイルやビームが放たれた。
ドーン!
サンディの放った一発が一匹の虫に命中し、落下させた。
「やったです・・・えぇ!」
ところが、虫は何事も無かったかのように宙を飛び、鋭いかぎ爪を振るい上げた。
「サンディさん!」
ドーン!
リーズ機がミサイルを放つ、今度は腹部に命中した。
「シヴァアァァァァキィィィィィィ!!」
虫は奇怪な声を発しながら落下し、もう飛ぶ事は無かった。
「あいつらは腹が弱点か、よし、全機聞こえるか!虫の腹部を集中攻撃せよ!」
「了解!」
チームフェザーの反撃が始まった。今度は虫の腹部目掛けてミサイルを放つ。虫達は呆
気なく撃墜されてゆく。
「な〜んだ、大した事ないじゃんか。楽勝だぜ!」
「ソーラ、気を抜くなよ。まだまだいるんだからな」
隕石からは、まだ大量の虫達が溢れ出てきている。
「た、隊長!大変です!」
リーズの脅えたような声が、通信機を通してバーナードに届いた。
「どうしたんだリーズ?」
「基地の付近に虫の大群が出現、基地に向かっているとの通信です!」
「何だと!?」
「で、でも、こっちも動けないよ!」
焦るマーティンを尻目に、虫達はまだまだ数を増やし続ける。このままでは基地に向か
えない。そう判断したバーナードは賭けに出た。
「イーグレット、聞こえるか?」
「何でしょうか隊長」
「ここはまかせた、俺は基地を守りに向かう」
「そ、そんな、危険です隊長!」
「危険だろうと無茶だろうと行かなければならん」
「では、私も一緒に行きます」
「駄目だ!お前までここを離れたら、誰が指揮をとるんだ!」
「はっ・・・」
「俺が戻ってくるまで、しっかりと指揮をとってくれ。頼むぞ!」
「隊・・・・兄さん!」
バーナードは基地へと飛んだ。それが、イーグレットが最後に見た兄の姿だった。ウィ
ルから撤退命令が出される直前、バーナードの機体は虫達の攻撃により撃墜された。


結局、虫達の侵攻を止める事は出来ず、ヴァルミネスは徐々に深緑色に染まってゆくク
ロストからの脱出を余儀なくされた。住民達は脱出艇を使って脱出したらしいが、果た
して無事に逃げ切る事ができたのだろうか。そして、あの虫達の正体は何なのか。今の
彼らに、それを知る術は無い。


宇宙を流れる一つの物体。
それは殻か揺り籠か。
中に眠るは天使か怪鳥か。
はたまた死神か。
第二話「目覚めぬ来客」
「ビルギオン・・・・許さん!」

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