第二話「目覚めぬ来客」


惑星クロスト脱出から早6日が過ぎた。艦の乗組員達も、ようやく落ち着きを取り戻し
つつあった。そんな時である。
「救難信号?」
「それを確かめに行くんですか?」
ソーラとリーズはウィルから呼び出されていた。何かの指示があるらしい。
「ああそうだ。先程、艦の通信機が信号をキャッチした。微弱ではあるが、どうやら救
難信号らしい。君たちにはその発信源を調べに行って欲しいんだ」
「てことは、俺たち以外にも虫の攻撃を受けた奴かも知れないな」
「行きましょう、ソーラさん」
「ああ分かった、それじゃちょっと行ってくるぜ」
「気をつけてくれ」
二人が乗ったイカルスが艦から発進した。行き先は20km先の小惑星帯である。


「こちらリーズ、小惑星帯に到着、調査を開始します」
「了解、信号の発信源はその付近らしい。慎重に調査してくれ」
「はい、分かりました」
通信は切れた。
「まったく、ウィルも心配性だよな」
「何言ってるんですか、もしかしたら虫が待ち伏せてるかもしれないんですよ」
「俺が虫だったら、一斉に船を襲うけどな。わざわざこんな場所で待ち伏せたりはしね
ぇな」
「・・・あの、ソーラさん」
「ん?何だ」
「虫達は、どうしてクロストを襲ったんでしょうか」
「さあな、旨い餌でもあったんじゃないのか」
「それに、逃げる私たちを追ってこなかったのも不思議です。宇宙から来たのなら、宇
宙空間でも平気だと思うんですけど」
「俺には分からねぇよ。虫に聞くしかないな」
「そう・・ですよね」
そうは言っても、リーズの心から疑問は消えなかった。ソーラも同じ疑問を感じていた

(確かに、俺も疑問には思ってるさ。でも、考えれば考えるほど、アイツらが憎くてた
まらなくなっちまうんだ。だから考えたくねぇんだ)
ソーラは操縦桿を強く握った。

やがて、2機は信号の発信源へと辿り着いた。
「あれは、脱出ポッドでしょうか?」
「でっけぇ卵みてぇだな」
発信源は宇宙空間を漂っていた。ソーラの言う通り、それは3mくらいの大きさの卵形の
物体であった。脱出ポッドであろう。
「リーズよりヴァルミネス、応答してください」
「こちらヴァルミネス」
「発信源を見つけました。脱出ポッドのようです。どうしますか?」
「では、回収してくれ。もしかしたら内部に異常が発生しているかも知れない」
「了解しました」
「おし、俺に任せな」
ソーラ機から作業用アームが伸び、物体をしっかりと掴んだ。
「よし、帰るぜ」
「はい」
2機はヴァルミネスへと帰艦した。


検査の結果、例の物体が本当に脱出ポッドである事が分かり、物体はヴァルミネスの格
納庫内に持ち込まれた。床に置かれたそれは、まるで大きな鳥が産み落とした卵かのよ
うに見えた。そして、作業員の手によって開けられようとしていた。
「中の人、大丈夫でしょうか、です?」
「シーガル少尉、静かに」
「開けますよ。皆さん、下がって下さい」
プシュー・・・
ポッドの蓋がゆっくりと開いた。それと同時に、周囲の人々が一斉に中をのぞき込む。
そこにいたのは・・・。
「あらら、です〜」
「男の人・・・ですね」
横たわる一人の青年であった。うす茶色いジャケットに青いジーパン、白いシャツを身
に付けていた。しかし、彼は一向に動き出す気配を見せない。
「起きねぇな、大丈夫か?」
「もしも〜し」
ソーラとマーティンが声をかけるが、反応はない。彼は検査の為、直後に医務室へと運
ばれた。


「で、どうだった?彼は」
ウィルは艦内通信で船医のトマスと話し合っていた。あの青年の診断結果を聞いている
のだ。
「はい、肉体そのものに異常は見られません。なせ目を覚まさないのかは分からないま
まですが、もしかしたら精神的な物かも知れません」
「そうか、では引き続き彼を診ていてくれ」
「了解しました」
通信は切れた。横で通信を聞いていたダイアナが言った。
「どうするんだい、彼を」
「もうすぐ衛星基地に着く。そこで彼の検査と身元の照会をして、本星出身者なら何と
かして送り届けなきゃな」
「ふぅん、でもおかしいね。最近あの付近で船が遭難したとかいう話は聞いてないよ」
「まあ、今は正確な情報が集められない状況だからね。そういう情報漏れもあるさ」
「だと良いんだけど」
ピリリッ・・・
格納庫から連絡が入った。
「はい、こちらウィル」
「ウィリアム司令、先程の脱出ポッドの解析の事ですが、どうもおかしいんです」
「何がおかしいって?」
「はい、あの脱出ポッドを乗せていた船を特定しようとしたんですが、あの脱出ポッド
はどこの船にも乗せられていないんです」
「それはつまり?」
「つまり、こんなタイプの脱出ポッドは存在しないんです。個人で造った物ならまだし
も、こんな戦艦で使用されているようなポッドを個人で造れるとは思えません」
「じゃあ・・・彼はどこから来て、どうしてこのポッドに乗っていたのか分からないと
いう事だな」
「そうです。やはり彼から話を聞いてみなければなりません」
「分かった、俺もあとで彼の様子を見に行ってみるよ」
「それと、あのポッドは表面の宇宙塵の付着具合から見て、だいたい4日ほど経ってい
る事が分かりました」
「4日前、俺たちが脱出した直後か・・・他には何かあるかい?」
「いえ、それだけです。何か判明したら追って連絡します」
「分かった、頼んだよ」
再び通信は切れた。
「ポッドは規格外で、乗せていた船の特定は不能。これじゃあますます謎が多くなって
いくばかりだね」
「そうだね、早く彼が目を覚ませばいいんだけど」


医務室
「先生、この薬はどこにしまいますか?」
「ああ、その薬は右の棚にお願いします」
「はい」
船医のトマスと助手のチャックが、薬品の整理をしていた。
「・・・・・ルダ」
「ん、チャック君何か?」
「え?何も言ってませんよ」
「おかしいな、空耳かな?」
しかし、空耳ではなかった。
「ガ・・・ルダ・・・ガレ・・・リアン・・・ト・・・」
「また・・・まさか、彼か?」
その通りであった。ベッドに寝かされていたあの青年の声だった。苦悶するような表情
で何かをしきりに呟いていた。
「ガルダ・・・・・ガレリアント・・・・」
「ガルダ・ガレリアント。何かの名前か?」
トマスには意味が分からなかった。


一方その頃、チームフェザーは食堂にいた。時刻は午後1時、5人は少し遅い昼食を取
っていた。
「しっかし、アイツ大丈夫かな」
ソーラが呟いた。
「あの男の人のことですか?」
「私も少々心配です?」
心配そうな表情を浮かべるリーズとサンディ。
「大丈夫だ、先程トマス先生から話を聞いてきた。まだ眠り続けてはいるが、肉体的に
は問題ないそうだ」
「あ、そうなんだ。良かった、ボクも心配だったんだ」
「でも、何で目を覚まさないんだろうな」
「姉ちゃんの声がうるさ過ぎて起きれなくなったとか?」
「んなわけあるか!つーかそれだったら起きるだろ」
「さぁねぇ、姉ちゃんの声はある意味兵器だからね」
「ふざけんな!」
ソーラが席から立ち上がる。
「二人とも、食事中に騒ぐな」
「周りの人が見てるです?」
ソーラは周囲を見回した。サンディの言う通り、周囲の人々が笑いながらこちらに注目
している。ソーラはそそくさと席に着いた。
やがて、昼食を終えた5人は、食堂を後にした。ソーラとマーティンは二人で話しなが
ら廊下を歩いていた。
「ふぅ〜、食った食った」
「姉ちゃん食べ過ぎじゃない?」
「いや、このくらい普通だぜ。お前が小食なんだよ」
「カレー大盛り3杯食べといて言うセリフかなぁ、それ。まるでキレ・・・ゲフン!」
突然マーティンが咳き込んだ。
「???・・"キレ"って何だ?」
「な、何でもないよ。それよりこれからどうする?」
「俺はちょっと腹ごなしに歩いてくるよ。お前は?」
「ボクは整備を手伝ってくる。イカルスを万全の状態にしときたいからね」
「・・・そうだな、バーナードみたいにはさせないようにな」
「もちろんさ、絶対にね」
その時だった。
ブー!ブー!ブー!ブー!ブー!ブー!
艦内に緊急警報が鳴り響いた。
『チームフェザー、直ちにブリーフィングルームへ。繰り返す、チームフェザー、直ち
に・・・』
「何だ!敵か!?」
「急ごう姉ちゃん!」
二人はブリーフィングルームへと急いだ。


ブリーフィングルーム
「よし、みんな揃ったな」
ブリーフィングルームでは、すでにウィルとダイアナが待っていた。
「司令、どうしたんですか?」
「先程レーダーに奇妙な影が映し出されたんだ。最大望遠で捕らえた映像がこれだ」
壁のモニターに映像が映し出された。それはまぎれもなく、惑星クロストで戦った虫達
の姿であった。
「これは!やはり追ってきたか」
「現在、判明しているだけで約50体。増援が来る可能性もある。現在ヴァルミネスは遠
距離ワープが出来ない状態で、奴らから逃げ切るのはほぼ不可能だ」
「ちょっと待って下さい。じゃあ50体もの大群を迎え撃つなんて、できるんですか?」
「もちろん正面から迎え撃ったのではこちらが不利だ。しかし、このまま逃げてもこの
先にある衛星基地を巻き込みかねない。そこでだ、これを見てくれ」
今度はモニターに、進路から少し外れた位置にある小惑星帯が映し出された。
「この小惑星帯をバリアを展開した状態で突っ切る。多少時間はかかってしまうが、小
惑星帯に紛れて奴らをやり過ごすんだ」
「大丈夫でしょうか、司令」
「こちらがまともに戦えない以上、逃げる事を優先しなければならない。少しでも生き
残れる可能性に賭けたほうがいい。君たちは念のため、イカルスで待機しておいてくれ

「・・・了解しました」
イーグレットは、何故か浮かない顔をしていた。


ヴァルミネスはバリアを展開し、小惑星帯へと逃げ込んだ。予想通り、虫達の影はレー
ダーから少しずつ減り始めた。オペレーターのケイトが嬉しそうに言う。
「司令、虫達が別の方向へ向かい始めました。成功です!」
「よし、このまま衛星基地へ向かう。コースを取れ」
「了解」
ヴァルミネスは進行を開始した。
「ウィル、何とかなったね」
「ああ、これで一安心できるかな?」
「まだ分からないよ、何が起こるか分からないのが戦いってもんさ」
「そうだな、チームフェザーにはまだ待機させておこう」
イカルスで待機していたチームフェザーにも、虫達がルートを変えたという知らせが届
いた。
「やったな、無駄に戦わなくて済んだぜ」
「ホッとしたです〜」
「冷や冷やしたよ、まったくさ」
「これで大丈夫ですね、イーグレットさん」
「・・・・・・・・」
イーグレットは返事をしなかった。
「イーグレットさん?どうかしました?」
「・・・・あ、いや、何でもない」
「そうですか?」
「・・・・・・(兄さん、仇は必ず)・・・・・」
イーグレットの思いを4人は知らなかった。


ヴァルミネスは問題なく、目的地である衛星基地へと向かっていた。
「司令、あと1時間ほどで到着します」
「よし、それじやそろそろ基地に連絡を・・・」
ドーーーン!
「ぐわぁ!」
「な、何だ!?どうした?」
「え、遠距離からのビーム攻撃です!」
「どこからだ。モニターに映せ」
「了解!」
モニターにビームが飛んできた方角が映し出された。
「あっ!あれは・・・虫!」
そこに映し出されたのは、先程やり過ごしたはずの虫達の姿だった。しかも背中にはビ
ーム砲らしき物を背負っている。
「そんな、ビーム砲を装備しているなんて」
「何者なんだよ、あいつらは」
虫達はビーム砲で容赦なく攻撃を続ける。
ドーンドーンドーン!
「バリアのエネルギー出力、80%に低下!」
「チームフェザー出撃!」
ウィルの指示でチームフェザーが出撃した。
「チームフェザー、攻撃開始!」
「了解!」
5機のイカルスが一斉に攻撃を開始した。ミサイルとビームが乱れ飛ぶ。しかし、これ
だけの大群を相手にするには分が悪過ぎた。虫は素早い動きで攻撃をよけ、1体倒して
もまた次々に虫が群がり始める。
「畜生!これじゃ切りがないぜ!」
「エネルギーがもう半減したよ!」
「当たってです?!」
「皆さん、大丈夫ですか!?」
「ピジョン少尉、気をそらすな!まだいるぞ!」
イカルスは奮闘するも、一方的に戦力を奪われてゆく。戦艦にもだんだんとダメージが
蓄積されてゆく。
「バリアの出力、60%に低下!」
「くそう・・・どうする、どうする」
ブリッジは敗色が濃厚となっていた。


医務室でも混乱が起きていた。
「うわっ!」
「先生、大丈夫ですか!?」
「ああ、それよりも彼は・・・」
「大丈夫で・・・・ああ!」
「どうしました!?」
トマスは青年が寝かされているはずのベッドに目をやった。しかし、彼は眠ってはいな
かった。立ち上がり、空中を見つめていた。
「・・・・・・・・・・」
「き、君、大丈夫ですか?」
「危ないですよ」
彼は二人の声に反応を見せない。そして、ある事を呟いた。
「ビルギオン・・・」
「え・・・?」
「ビルギオン・・・・・許さん!」
「君・・・うわ!」
彼の体から眩いばかりの光が放たれた。その光は医務室全体を覆い尽くした。


その混乱はブリッジにも飛び火した。
「司令!」
「どうしたケイト」
「医務室に謎のエネルギー反応です!どんどん増大していきます!」
「何ッ!」
「あ・・・消えました」
「消えた?」
異常はそれだけでは終わらない。
「司令、同様のエネルギー反応が艦の前方に出現!」
「モニターに映せ!」
艦の前方にカメラが向けられる。そしてモニターに映し出された物は・・・。
「ロボット・・・・?」
光り輝く装甲に包まれた人間大の何か、ロボットのような物。尖った鋭い爪、紅く輝く
目、魔神と呼ぶに相応しい姿。
「何だ?あれは」
ロボットのような物は、戦闘中のイカルスに向けて飛び出した。


銀色の爪は装甲を引き裂く。
銀色の剣は敵を切り裂く。
銀色の体は驚異の象徴。
それは正義か・・・。
第三話「荒ぶる光」
「ガルダ・ガレリアントというのはどうでしょう?」

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